『噂の君』について妖怪的観点からの考察

原作38話『墓地の島』、ARIA The Natural20話『その 影のない招くものは・・・』にて登場した『噂の君』
感想では喪服女、と書きましたが、公式的には噂の君のようですね。


さて、この正体不明の存在を、妖怪に準えて定義していきたいと思います。
項目は大きく分けて2つ。
命名編』と『正体編』です。



○『命名編』
これを語るには、 まずは『七人みさき』という妖怪について説明しなければなりません。
京極夏彦著『巷説百物語』シリーズを読んだ方にはお馴染みのこの妖怪、高知県を中心に、四国中国地方に出没した怪異なのだそうです。


多くは海や川、沖合いなどの水辺に現れ、これに行き逢うと大熱を出して倒れたり、時には死んでしまうこともあるそうな。
また、処によっては山などにも出て、その場合は山みさきと呼ばれました。
その正体は、海難事故で溺死した七人の亡霊が祟る、または平家の亡霊が祟る、お遍路の亡霊が祟る、などなど地方によって様々です。


要は、死者の妄念が現世に残りそれに感応したものを死に誘う、ということですね。
『〜みさき』という名づけられ方については、別の話になりますので、ここでは省きます。
機会があれば書くかもです。


さて、そこで噂の君。
ネオ・ヴェネツィアで囁かれる噂では『処刑時に願いを叶えてもらえなかった女性の霊が、墓地の島へ誘う』というものでした。
ネオ・ヴェネツィアは『水』の都、『死者の妄念』、墓地の島へ『誘う』・・・・・・
こういったキーワードに合致して、噂の君=七人みさき、という図式が生まれます。
というわけで、アクアに出没する七人みさき、だからアクアみさきとなるわけです。


もっとも、実際に亡くなった女性はいない、ということになっていますので、本質としてはズレたものになります。
まぁ、これは噂の君を妖怪的に名づければ、ということで。
本質のほうは『正体編』で語ります。




○『正体編』
といっても、科学的に検証するわけではなく、あくまで妖怪として考えるとどういったモノになるか、という考察です。


さてこれを語るには、『死神』について説明せねばなりません。
死神といっても、あの黒マントに鎌持って骸骨顔のアレではなく、『絵本百物語〜桃山人夜話〜』にある、『死神』です。


この百物語に出てくる死神は、行き逢い神として書かれています。
曰く『悪念を持ったまま果てた者の気が、また悪念を持つ者の気に呼応して悪しき所へ引き入れる』と、あります。
つまり、自殺者の念がその場所に凝り、同じように心に死を思う人はこの念に引き寄せられ、同じように死んでしまう、ということです。
これを『死神』として、人を死に導く憑物のようなもの、としているわけですね。


人を死に導く、行き逢うと死ぬ、という点から、七人みさきとの類似点が見られます。
また、アクアみさきの着ていたのは黒いドレスで、いわゆる喪服に近いもの。
そこから『死』を連想することも出来ます。
(ちなみに、七人みさきと死神の連想は、京極夏彦著『続巷説百物語』が元になっております)



今では死神というと、人の生死を司る存在とするのが一般的です。
ある落語家さんの小話に死神が出てくるものがあり、これは蝋燭で人の寿命を操る、という設定だったようです。
そしてこれは、その落語家さんがイタリアの歌劇から翻案したものとされています・・・・・・。
偶然ですが、意外なところで繋がりがあるものです(笑)


さて、アクアみさきですが、本編で灯里が死を望んでいたとは思えません。
してみると、アクアみさきの正体が真実『死神』であったとするなら、生死を司る存在としたほうがスッキリします。
墓地へ誘い入れたことも、それで納得できます。
つまり、『噂の君』の話は・・・・・・


『感受性が強く、かつお人好し過ぎる灯里を、死神アクアみさきが恐がらせようと思ってサン・ミケーレ島まで連れて行き、調子に乗りすぎていたところを猫妖精ケットシーに見咎められた』


という解釈も出来るわけです。
そう考えると、噂の君も一概に『悪意の存在』とはいえないと思いますね。
事実、あの話で一番悪いのは灯里だったりします(片手袋は一人でお客を乗せてはいけません)




人間は本来、日が出ているうちに活動し、闇夜には眠りに付く生き物です。
しかし文明が発達し、夜にも起きて出歩くようになりました。
そのせいで、それまで逢わずに済んだ存在、闇のモノどもの百鬼夜行に出くわし、鬼に喰われる様になってしまいました。
そういう意味では、夜に出歩いて痛い目を見るのは、人間の自業自得ともいえるわけです。
灯里もまた、夜一人で妖しいお客さんを乗せてしまったがために、恐い目に逢いました。
女性の夜歩きは、くれぐれもご注意くださいな〜。